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江戸時代の大坂
江戸時代の大坂

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築山作品の登場人物の家 |
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「緒方洪庵 浪華の事件帳」の舞台
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史跡めぐり
適塾・思々斎塾・懐徳堂


適塾正面。都会のオフィス街のなかに、江戸時代がそのまま残る。

適塾の東側。史跡公園として、小さな庭が造られている。

二階。三十二畳の大部屋。大勢の塾生が寝泊まりしていた場所。

大部屋の中央にある柱。塾生たちのつけた傷が当時のままに残る。

一階。中庭に面した、緒方洪庵先生の書斎。

一階。前栽に面した、書院風の客座敷。

適塾西側の公園にある洪庵先生の像。後ろに見えるのは適塾の物干し台。

客座敷の縁側から見た庭。

中天游邸(思々斎塾)跡。緒方章が学んだ蘭学塾は、江戸堀中公園に石碑だけ 残っている。

日本生命ビルの壁に埋め込まれた、懐徳堂の碑。大坂町人の「学校」がかつて ここにあった。
※1~8 撮影:kuroneco
四天王寺

四天王寺西門前の石鳥居から極楽門をのぞむ。(※「緒方洪庵シリーズ」に登場する高麗屋は石鳥居が見える場所にある)。

鳥居の扁額。四天王寺の西門は極楽浄土の東門に通じると言われ、扁額にも「極楽」「東門」の文字が。

四天王寺伽藍。中門、五重塔、金堂、講堂が南北一直線に並ぶ「四天王寺式」の配置。

四天王寺五重塔。緒方洪庵らが見た江戸後期の五重塔は太平洋戦争末期に大阪大空襲で焼け、現在の五重塔は昭和期に建てられたもの。

江戸時代から変わらぬ石舞台と六時堂。聖霊会の雅楽大法要がこの上で行われる。

石舞台の奥に左右の楽舎があり、法要時には楽人の奏楽場所として使われる。

六時堂。文化8年に移築。石舞台とともに、江戸時代のままの姿。

亀の池。石舞台は池の橋上にある。

亀の池はいつでも亀だらけ。
※11~18 撮影:kuroneco
水の都

土佐堀川と東横堀川の合流点より東側。天神橋をのぞむ。

土佐堀川と東横堀川の合流点より西側。奥には中之島公会堂が見える。

今橋の上から見る東横堀川。奥に見えるのは高麗橋。川の流れは道頓堀まで続く。

夕暮れの土佐堀川。越中橋から土佐堀橋をのぞむ。

薩摩藩蔵屋敷跡の石碑。越中橋近くにひっそりと残る。
※20~22 撮影:kuroneco