5月6日、大阪松竹座、「蘭 緒方洪庵・浪華の事件帳」初日の初回。
見終わったあと、本当に胸がいっぱいで。
ちょっと、座席に突っ伏して、「あー、これ、このまま楽屋挨拶いったらやばいなー、取り乱してしまうなー」と思ったりしました。……実際には、待ち時間があったりして、一応、冷静さは取り戻しましたが。たぶん。取り戻していたはずですが。
見所は本当に、たくさん、たくさんあって。
数え切れないくらいなんですが。
初見で、ともかく泣けたのが、ラスト近くの、花道での在天二人の口上でした。
一般的な泣き所とはちょっと違うかなと思うんですが、「在天別流」の生みの親としては、こみ上げるものがありまして、ちょっと、こらえきれなかった。
小説世界の在天別流は、ああいう名乗りをあげたりはしません。
でも、一族の胸の内にある「誇り」を、形にすると、こうなるのかと。私も知らなかった、在天の矜持を、はっきりと見せてもらえた気がして。
また、個人的な思い入れですが、在天別流という存在を書いたことで、私はプロ作家になれたので。だから、すべての始まりだったものが、形になって目の前にあらわれたことで、いろんな思い出が目の前を通り過ぎていきまして。……特に、ドラマ版以降のこととか。
いろいろあったけど、ふんばって生きてきてよかった。
そう、思いました。
……なんか、ホントに個人的な話で、すみません。
この、在天の口上と、それから、一幕終わりの、左近の歌と章の舞。
これを、目に焼き付けなければと思ったから、とりあえず、初日の夜公演もお願いして見せていただきましたし、次の日の昼公演も、その日のうちにWEB松竹でとりました。初日の昼夜が、一回後方席だったんで、二階で何やってるのか、まったく見えなかったため、二日目昼は二階席をとりました。夜公演、アフタートーク回は、初めから予定していた通り、友人たちと一緒に見ました。
結局、何回行ったか、あまり人には言えないくらい、行きました。
模範的な原作者とか、平均的な原作者とか、関係者に呆れられない原作者とか、そういうのを目指そうという気持ちは、途中で捨てまして、ただ自分が後悔しないようにしよう、と。
前の記事で書いたように、「蘭」の世界は、原作のものとはかなり違います。
それでも、私が書きたかった大坂の町や、そこで生きるキャラの基本はぶれていなくて、「ああ、原作を大事にしてもらってるな」と感じました。「ここは変わってもいいけど、ここだけは変えないでくれ」と、言葉にして言ったことはないのに、ちゃんとそうなっていたので。
だから、左近ちゃんの浪華講案内がなぜか名人芸の域に達していたり、章がコミカルに役人手先と絡んでいたり、天游お定夫婦がめちゃくちゃ笑える夫婦だったり、若狭が五重塔の上からぶんぶん手を振ったりしても、それはそれでありかなと。
どれも、脚本の段階ではびっくりしましたし、正直に言えば、稽古場見学の時点でも、まだ少し、引っかかった箇所はあったんです。でも、本番になると、役者さんの百パーセントの「芸」が、そこにかぶさってくるので。「あー、これを活かすための、このシーンだったのか」と。
たとえば、加島屋さんのゴムパッチン。年末の打ち合わせの段階では、プロデューサーさん、「やりません」と明言されてたんです。でも、実際に舞台の上に加島屋さんが出てきた場合、見られるか見られないかって言ったら、そりゃ、見られたほうが楽しい(「やらないって言ったじゃないですか」とは思いましたけど・笑)。
そういう選択の一つ一つが、私の感覚と合っていたから、この舞台、すごく納得したし、好きになったんだと思います。
あと、実は、結構大きかったのが、「耕介とおあきが幸せになってる」こと。これは、うれしかったなあ。二人が幸せそうによりそっている、そういう世界線があるだけで、うれしかった。本当にけなげでかわいいカップルになっていて、見ているだけで「にっこり笑顔」になれました。
他も、たいていのキャラは、立ち位置が大きく変わっています。原作の「禁書売り」「神道者の娘」「北前船始末」をごちゃ混ぜにして二時間半にまとめたのが、「蘭」ですから。
でも、たとえば、船頭さんも、おゆきちゃんも、設定は変わっても、根っこのところは変わっていなくて、二人の港でのシーンは、卯之助のおっちゃんの立ち回りのかっこよさもあいまって、お稽古場から涙ぐんでました。
役人コンビの存在感も抜群で、同心の新井様は、コミカルなのにどこか粋で、「どこがどうなったらあれだけ粋に歩けるんだろう」と、毎回、こっそりじっくり観察してました。
手先の半治は、登場するだけで彼の周りに喜劇ワールドが生まれるってくらい、何から何まで完璧な笑いを起こすキャラで、「新井様付き、手先の半治や」の名乗りのたびに、拍手したくなりました。
思々斎塾のトラさん、ウシさんは、天游先生夫婦とホントに仲よさそうで、耕介ぼっちゃんのことも、ぼっちゃん扱いしているようで、平気で漬物石運ばせたりしていて、塾があったかい場所なんだなと、自然に伝わってきます。トラさんと半治さんの「実は……」のシーンも大好き。ラストで、トラさんが半治に声をかけるのが、またいいんです。
忘れちゃいけない、ケモノ一家。お稽古場では、名もないゴロツキだったんですが、本番でいきなり、楽しいケモノ一家になっていて、人気も急上昇で。同じ方々が、長州の椋梨さま軍団もされているんですが、あんなに愛されるやられ役ってないのでは、という存在でした。椋梨様コール、楽しかったなー。ケモノ一家さんが、それぞれ、塾生の時や、椋梨さま軍団で、どのポジションにいるか等々、探すのが、楽しみの一つにもなりました。
その、軍団のボス、椋梨さま。左近ちゃんとの対決シーンは、毎回、息をのむ迫力でした。その前に、部下に名前呼ばれまくっている姿は、なんだかかわいいお武家さまなんですが、刀を抜くと、すごい。
その緊迫したシーンに笑いをもたらす、山城屋の婆。一緒に見た友人知人のなかで、「いちばん印象に残ったのが山城屋の婆」というひとが、二人いました。すごい。
瓦版屋。メインキャラで唯一の、舞台のみのオリジナルキャラ。本音を言えば、彼のキャスティングが決まったときに、「えー、イケメン増やせるなら、オリキャラじゃなくて、弓月やってくれよ~!」と思ったりしました。すみません。兄上が出ないことを、まだ諦めきれていなかったので。でも、初回を見終わって、楽屋でお会いし、「オリキャラなんで……」と、ちょっと遠慮がちに言われたときには、「あ、忘れてた、作品になじんでるから、なんか、うちの子みたいに思ってた」と、素で言ってしまいました。「蘭」という作品には、欠かせないキャラでした。
そして、圧倒的存在感の、悪徳商人、山城屋。登場シーンの、「よろず商い、山城屋忠兵衛でございます」だけで、にじみ出る「わー、何かやりそう」感。港でのシーンも、回を追うごとに、うさんくささ倍増。椋梨様の肩に手をかけて、「もうかりまっせ」と語りかける顔の、悪いこと悪いこと!
私が書いた、本屋の山城屋は、そこまで悪いキャラじゃなかったはずですが、もう、何倍もグレードアップした悪人になってくれて、「えらい出世しはったなあ」とほれぼれ見つめていました。
どのキャラも、確かに違うんだけど、それでも私の世界と溶け合ってるなあ、と思える空間が、「蘭」でした。
……ちょっと、長くなったんで、いったん切りましょうか。
「まだ続くのよ……」
すみません、もう、ここまで来たら、思いの丈を全部書き切るので、あと一回くらい、続きます。