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目次


会員審査・「不合格」編
練習所に入って、四年目の冬、12月。
会員審査を受ける資格を、
ようやく、私は手にしました。

憧れの楽人への挑戦。
難関とは判っていました。

ダメでもともと。
そう思って、受験しました。

そして、落ちました。






「ダメでもともと」。
そうは言ったって、試験には落ちたくないよ。

思い始めたのは、審査の1週間前でした。
急に、猛烈に、思ったのです。
正直に言いまして、それまで、ほとんど、審査に向けての練習は、していませんでした。どうせ、落ちるのだから。

「だけど、やっぱり、嫌だ。落ちたくない。試験ってのは、受かるために受けるもんだよ。落ちるのは嫌だ」
それはもう、いきなりのことでした。突然、スイッチが入ったのです。

スイッチが入る。
時によって、その状態を、私は、「エネルギー充填120パーセントになった」とか「刀を抜いた」とか言うのですが。
簡単に言えば、本気になった、ってことです。

1週間前だよ。そりゃ、いくらなんでも遅すぎない?
……当然、自分でも突っ込みましたし、家族にも突っ込まれました。
悪いけど、と夫は笑って言いました。
「それで君が受かってしまったら、あの〈楽所〉もたいしたことないと思わざるをえん」
「……ほっといてちょうだい」
奇跡が起こるかもしれないでしょ、と私は言い返しました。

それから、1週間。
1日、1時間半、練習しました。
ここで「1時間半」のあとに、「も」をつけるか、「は」をつけるか、悩んだのですが。
主観的には、「も」でした。
1時間半も練習したんですよ。
そんなの、中級審査前と、中級の発表会で主管をやったときだけです。
(……だから、そういう態度がいけないのだよ)。

唱歌。
音程に自信がなかったので、調子笛を使って、旋律をMDに録音しようと思いつきました。それを、ずーっと繰り返して聴いていれば、さすがに、覚えられるだろう。
良い方法じゃん。

……と本気で思ったんですけど。
落とし穴がありました。
雅楽の練習で使う調子笛は、円形で、円周上に穴が並んでいて、どの穴も、吸うことで音が出るようになっています。
つまり、調子笛で唱歌のメロディを再現しようと思ったら、一曲ぶん、ずっと吸い続けていないと、不可能なんですよ。そんなの出来るか!

じゃあ、調子笛じゃなくて、笙でやれば。

そうも思ったんですが。
笙の唱歌には、笙の唱歌のくせに、笙では出せない音が出てくるんですよねえ。
なんだかおかしいと思うんですが、そうなってるんだから、しょうがない。

なら、ピアノでやってみようかな。
(ピアノなら、簡単に弾けるしね……)。
実際やってみたんですが、音が、やはり、違う。
雅楽の音と、西洋音楽の音は、同じ音でも、基準が違う。なので、微妙に別のメロディになってしまいます。

どうやっても、無理らしい。
やっぱり、耳で聞いて、調子笛で確認しながら、覚えていくしかないのね。

演奏のほうは、まず、手移りの確認から。
動かす指の順番や、後打音など、一応、覚えているつもりだったのですが、念のため、初級のころの教本で、再確認してみました。
「あららー、間違って覚えてたわ」
複数の、記憶ミスがありました。
「お稽古の時、先生が言うてはったの、どうにもぴんと来ないと思ってたら、なるほど、原因は、ここか」

今まで、どうにも腑に落ちなかった箇所が、理解できたのです。
それは、すごいことのように思えました。
「やっぱ、練習したら、上手くなるのだわ。練習しなきゃダメだわ!!」

そんなレベルのところから初めて、一週間。
自分では、出来る限りのことはやった、と思いました。

問題があるとしたら、それは……ただひとつ。
「一週間しかやってないってことだな」

自分で、判っていました。

発表会主管前以来の猛練習をしてみて。
「やっぱり、練習すれば、判るようになることってあるよね」
「少なくとも、自分に何が出来てないかは、よく判った」
「楽器って、やっぱり、練習しないとダメなんだ」
「……もっと早く『本気』になっていれば」



そうして、当日に、なりました。


その日の集合時間は、5時30分でした。
審査開始は6時。場所はいつものお稽古場。

5時過ぎに、お稽古場に着きました。
いつも合奏の時に使う広間が待合い室になっていました。
笙用のコンロのほか、座布団と、お茶にお菓子もセッティング。
へええ、練習生になってから、お稽古場でこんな良い待遇を受けたことは初めて。さすが審査日。

「順番、発表になってるよ。お茶の隣に置いてある紙に書いてある」
と、先に来ていた同級生が。

審査を受ける順番は、当日まで教えてはもらえません。
審査の申し込みは、二週間ほど前のお稽古の時間。申し込むと、数日後に、「あなたの審査日は○日です」との通知が郵送でやってきます。

審査日は二日あって、私は一日目。
それも、どういう基準で分けられているのかは判りません。
名簿順ではなく、申し込み順でもない。
審査経験者の先輩によれば、審査の順番も、去年は持ち管もバラバラで、笙のひとの次に龍笛、また笙、そして篳篥……等々、まるで規則性がなかったとか。
今年はどうだろう。

「あれ」

持ち管ごとに、かたまっていました。まず、笙の5人。そして、篳篥、龍笛。他の管が何人いたのかは確認していませんが、全部で20人はいたような。
私は、4番目でした。

「結構、早めに終わるかもね」
「終わったら、何か食べて帰ろか」

5時30分。
先生が点呼に現れました。
全員の出席を確認すると、理事長のお言葉。
それから、簡単なテスト内容の説明。

6時。
いよいよ審査の開始です。

会場は二階。
待合室は一階。
なので、1番手が審査部屋に入り、2番手が部屋の前で待ち、3番手が階段の下で待つ……というポジション取りになります。残りは、待合室で待機。

3人の同級生が、出ていきました。
「持ち時間はひとり8分」とのこと。

始まってしまえば、自分の番が来るのはすぐ。
戻ってきたトップバッターと、すれ違い会釈するだけで審査の様子を聞く暇もなく、階段の下へ移動。
階段下には、笙をあぶるための電熱と、座布団がしつらえてあります。
そして、先生がお一方。

「寒いなあ」
「そーですねー」
くるくると笙をあぶりながら、お返事。
「笙の先生は、誰に習ったんや。審査員の先生、みんな、知り合いか?」
「いいえ。○○先生と、○○先生と、○○先生しか知りません。でも、知らない人の前で吹く方が、緊張しませんから、いいかな、って」
「そっか。それやったら、まあ、ええかなあ」

後から、同級生に聞いたところによると、そこにいらした先生は、全員に、何やかやと雑談をしてくださったとか。緊張ほぐし役をやってくださってたんでしょう。

二番手の友人が、降りてきました。
短く挨拶し、すれ違って、階上へ。
そこにも、やっぱり、コンロと座布団があります。
襖一枚向こうが、審査会場。
さすがに、声が聞こえてきます。

「緊張しちゃダメ、緊張しちゃダメ」

心の中で言い聞かせます。
ですが。実は、まったく、緊張していませんでした。
不思議なものです。
二年前の、中級への昇級試験のときは、それはもう緊張して、声もうわずるほどだったのに。

でも、このまま平静でいられるとは限りません。
襖を開け、先生方の顔を見た瞬間に、がちがちに上がってしまうかもしれない。
それは、困る。
なので、作戦をたてることにしました。

(賭をしよう)。

噂では、審査には、練習所の先生が全員、出席するらしい。
ということは、顔を知っているあの方やあの方、お話したことがあるあの方も、みんなお出ましなんだろう。総勢、20人はいると見た。
だとしたら、審査会場の部屋が、いくら細長い間取りだからといって、一列ではおさまらないはず。

二列かな?
カギ型かな?
コの字型かな?

それを心の中で、賭けてみることにしました。
うまく当たったら審査もうまくいく……なんてことを考えていたら、はずれたときに辛いから、ただ、賭けのためだけの、賭け。

「二列。先生方は、二列に並んでいるはず」

当たっているだろうか。
襖を開いた瞬間、その答が判る。
いくらなんでも、そんなことを考えていたら、緊張もしないだろ。

審査を終えた友人が、出てきました。
開いたままの襖の向こうに、私は入りました。

(あら?)
正直、拍子抜けしました。
ずらりと居並んでいると思った先生方。
思ったより、少ないのです。
(一列しかないよ)
賭は大はずれでした。
しかも、先生方と、練習生の座る座布団との間には、机があるのです。
先生と、自分との間に、障害物がある。
そんなことだけで、ぐっと、気が楽になりました。
(多分、このまま、緊張しないでいけるな……)

「笙の上級、つきやまです。よろしくお願いします」
まずはご挨拶。
では……、と、いちばん左手の先生が、審査内容の説明を始めます。
「楽譜の○行目から○行目まで、まず、唱歌をしてください。その後、音取を吹いてから、先ほど唱歌をしたところを、演奏してください。指定箇所を最後まで吹いたら、臨時止め手を吹いて、終わってください」
「はい」

唱歌は、自分で膝をたたいて拍を取り、歌う。
笙は、その間、保温器にセッティングしておく。
歌い終えると、正座していた足を楽座に組み替え、今度は演奏。
音取。短いので、楽譜は覚えている。前を向くと先生方と目が合ってしまいそうなので、目を閉じる。閉じてから、でもやっぱり変かな、と、また開ける。
最後に、曲。

一行目を吹き始める。
大丈夫、緊張してない。指も震えてない。
ところが。
まだどれほども進んでいないところで。
(あらっ)
おかしいな、と自分で気づきました。
左手の薬指、「乞」の音が出てない。
「乞」の合い竹を鳴らしているはずなのに、肝心の音が鳴ってない。
(あらら)
確か、一度でも間違ったら、「即、不合格」と言われていたはず。
(……ははは。こりゃ、だめだわ)

悔しいなあ。
自分で練習していたときは、絶対間違わなかったのに。
寒くて竹が温まってなかったのかな。
そうじゃなくて、単に指がずれてたのかな。

やっぱり、付け焼き刃で何とかなることじゃないんだな、雅楽ってのは。
緊張していなかったのだから、今の自分の実力、そのまんまが出たはず。

演奏を終えると、すでに終わったみんなが、まだ待合室で笙をあぶっていました。
本番の後だけに、テンションは高め。

「どうやった? 緊張した?」
「みんな、吹いた箇所は同じ?」
「座布団って、すすめられる前に座ってしまって、よかったんかな?」
「一カ所間違ってしまったわ。これでもう、あかんと思う……」
「むちゃくちゃ緊張しましたよー」
わいわい喋っていると、待合室担当の先生が近づいてきて、やんわりと一言。
「もう帰ってもええんよ?」
……すみません、うるさかったですね。

笙が全員終わったところで、コンロを撤収。
延長コードを片付け、退散。

「帰りに、何か、食べていこかー」
「疲れたー」

師走の町は、もう真っ暗。
私たちは、まだまだ高いテンションをもてあましながら、近くのレストランに一直線に向かいました。

楽しくお喋りをし、友達と別れて帰途についた後。

改めて、今日のことを考えました。
(落ちたくないな)
落ちてもともと、ダメで当たり前。
そう思い続けて来ました。……一週間前までは。

だけど、一週間。
本気で、私は、合格したかった。
絶対ムリだよと言われても。
絶対ムリだろうなと常識的には思っても。
奇跡が起きないって、どうして言い切れるのよ。

まあ、でも、起きないわな。
……一週間じゃ、なあ。

不合格通知が私の手に届いたのは、年が明けてからのことでした。
退所のご挨拶〜雅楽練習所の日々に
雅楽練習記を読んでくださった方々へ。
そして、雅楽練習所でお世話になった皆様へ。


雅楽を習い始めて丸6年。
HPにお稽古日記を書き始めて、丸4年。
私の「雅練日記」におつきあいいただき、ありがとうございました。

先日(3月10日)、05年度の天王寺雅楽練習所発表会がありました。
私にとっては雅練での最後の発表会でした。

今年度の私は、諸事情でほとんどお稽古に行くことが出来ませんでした。
ということは、出席日数不足で次年度の更新は無理ということ。

何年も通ってきた練習所をこういう形で去ることになろうとは予想もしておらず。
それが判った夏の終わりには、ひどく寂しい気持ちにもなりました。

ですが。
欠席の半分は健康面での理由でしたが、残りの半分は、書き物仕事が忙しくなったための欠席。
自分がずっと願ってきた仕事のためですから、悔いてはいません。


もう一度初級から入門し直すという選択肢もないわけではなかったのですが、来年度になっても、体力的、時間的な問題は消えません。
そろそろ遠距離通楽が辛くなってきていたのは確か。
思い切って自分のなかでひとつの区切りをつけることにしました。

発表会前のリハーサルのとき、本当に久しぶりに天王寺に出かけました。
ずっとお稽古をしてきたあの場所で、お世話になった先生方や同級生にご挨拶をしました。

誰一人として知りあいのいない練習所に入った6年前。
思えば多くのかけがえのない出会いがありました。
雅楽を学ぶことの楽しさはもちろんのこと、同期生や先輩、先生方。
雅練を離れても、ずっと忘れることはありません。

同期の友達のひとりと、年明け、話す機会がありました。
そのときに、私は言いました。

「発表会とかリハーサルとかに顔を出したら、ここを離れることが本当に辛くなると思うから、行きたくない」

だけど今は、最後の発表会に参加して良かったと思っています。

出演させてもらえたのは、先生方の温情のおかげ。
本当にありがとうございました。
楽しかった日々を思い出し、感謝の気持ちでいっぱいです。

HPをはじめたときからメインコンテンツのひとつであった「雅楽練習記」も、この春で一区切りとなります。天王寺楽所雅亮会雅楽練習所での練習記は、これ以上続くことはありません(初級編はいつか続きを、と思っています)。
いつか書けるかもしれないと思っていた「入会審査・合格編」は、しばらくは可能性が消えてしまいました(人生長いですから、絶対ないとは言いません)。

しかし。
雅練はやめても。
私自身の雅楽生活は、これで終わりではありません。

いつの日か、「雅楽練習記」第二章……いえ、雅楽風に言うなら、「序破急」の「破」が書ける日が来ると思います。
たぶん、そう遠くない日に。

HPを通じて、大勢の雅楽好きの方とお知り合いになれました。
雅楽練習所の仲間。
雅亮会の先生、先輩方。
他の雅楽会のみなさま。
そして、雅楽を愛している大勢のみなさま。

今まで、どうもありがとうございました。

そして、もしもできることならば。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。




築山桂 拝

お別れの曲といえば、やはりコレ。
退出音声「長慶子」を聞きながら。




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