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「蘭 緒方洪庵・浪華の事件帳」大阪千穐楽、観劇してきました!
楽しかった!
 
「洪庵シリーズ」を、すばらしい舞台にしていただき、本当にありがとうございました。
 
続いて、東京公演です。
楽しみです!
 
以下、台詞バレがあります。
お芝居の筋に直接かかわるものではないと思いますが、白紙で舞台を見たい方は、さけていただければと。
 
 
お芝居の中に、口上がいろいろと出てきます。
その響きの美しさを、かみしめています。
台本で、文章としては見ていたんですが、実際の語りを聞くと、ああなんて心地よい響きなんだろう、と。声に乗せられるのを前提とした言葉の美しさ、なんですね。
今も、ずっと耳に残っています。
 
まずは、いろんな場面が浮かぶ、浪華講の、あの口上。
「遠くちとせのいにしえに 聖なる帝がかまえしは 高津宮こそ難波の礎……」
北翔さんも、扇治郎さんも、味のある語りで、忘れられません。笑ったり泣いたり、まさに、この舞台のテーマという感じ。
 
それから、ここも大好き。
「四天王寺に引導の鐘 極楽浄土になりひびく……」
絶景かな絶景かな……で始まる、このシーン、今度、四天王寺にお参りに行ったら、絶対に思い出すだろうな。五重塔見ながら。
 
あとは、あれです。
在天の口上。
あれはねー、ずるい。かっこよすぎて。
小説ではああいうの、できないからなあ。
ドラマでも、できない。
舞台だからこそ、ですね。
 
すごいなあ、お芝居って。
 
……なんてしみじみ思い出していたら、小腹がすいてきたので、今から夜食を食べます。ふふふ、これです!
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道頓堀のみなさんの、東京公演での活躍も楽しみ!
 
 

舞台のネタバレにならない範囲で、何か関連のことを書きたいなと思ったんですが、どうにも難しい。
なので、在天小ネタをつぶやきます。
まったく白紙で舞台を見たい、という方は、避けていただければと。
舞台というか、舞台を見ていて思った、キャラの話です。
 
舞台の若狭が、刀を使い分けてるなと気づきまして。
最初に持ってた刀と、最後に持ってた刀が違う(もし同じだったらすみません。でも、「わ、違う」と気づいて、なんだかわくわくした。ちなみに、「刀を持っていない」シーンも多いので、そのあたりの使い分けが細かくて好きです。……ここまで自信たっぷりに書いてて、もし同じだったらどうしよう……)。
 
で、ここから、舞台に直接関係ない、キャラ小ネタなんですが。
 
刀というと、去年、一年間、いろんな名刀を持たせてもらって勉強したんですが、とにかく、やっぱり、重いんです。すごく、重い。あれこれ手に取るうちに、「これ、女性が振り回すのって、どうしても限度があるだろ」と思うようになってしまいまして。「女性剣士が大勢相手に華麗に立ち回りって、実際、無理なのかなあ」なんて寂しく思ってもいたのですが。
あるとき、二代目和泉守兼定、通称ノサダの刀を手に持つ機会を得まして。それがもう、びっくりするほど軽かったのです。刃長はさほど短くないのに、重ねが薄くて、ホントに軽い。「これなら、女性も持てる!左近が持ってたのはこういうのだ!」とすごくうれしくなって、そのとき、左近の刀は「ノサダ」に決まりました。
 
じゃ、若狭は何かっていったら、大坂新刀の、がっつり重いやつとか似合うんじゃないかと。重量級、って感じのをさりげなく使いこなしててほしい。……や、ノサダと同じときに、助広の刀も持ったんですが、こっちがもう、ホントに重くて。これを華麗に扱える腕ってすごいなと。
 
舞台には出てないですが、弓月は、出自的に、来派とかいいなあ。
 
……なんてことを、舞台の殺陣みながら思ってました。
在天別流は、千年の歴史の間に、名刀あれこれ武器庫にとりそろえてますから、兄上が使いやすいのを妹に選んでくれてまして、たぶん、すごい名刀とか普段から持ってそうです、左近さんは。
 
明日、大阪千秋楽。
楽しみです!
 
 

「蘭 緒方洪庵・浪華の事件帳」大阪公演、続いています。
私も、その後、また行きました。……まだ、行きます。
友人知人身内を誘いまくっています。「どうせ友達と行くなら、早めに行って、同じ日の昼公演も一人で見ちゃおうかな……」みたいな気分も生まれ、「Web松竹」で追加チケット買って一人で見たりもしました。楽しんでます。
 
一緒に見た友人たちも、「原作ともドラマとも別物だけど、すごくいい!」と、言ってくれていて、とてもうれしい! 「原作と違う」というのは、確かにそうで、筋立てもキャラの描写も、違うところは多いんですけど、でも一方で、「私がこの物語、キャラクターに込めた思い、わかってくれてるなあ」と思うところがたくさんあります。
 
それに、何より、見るたび楽しい気持ちになります。
 
売店の饅頭も買いました。まさか、高麗屋の饅頭が松竹座の売店で買えると思わなかった。作中、おいしくない饅頭と設定したのは私ですが、松竹座で若狭くんがくばってくれるのは、おいしい饅頭です。
 
そうだ、お稽古見に行ったときのブログに、「北翔さんだから実現したことでは」と書いたのは、ブログタイトルにもあげた、これのことです。舞台の主題歌と、「東儀左近のテーマ」の、CD化。
 
これはホントにびっくりしました。まさか、そういう展開があると思わなかった。
舞台は消えていってしまうものなので、少しでも手元に残るものがあるのはうれしいことです。どちらも、とっても素敵な曲です。作中でも、とても印象的に使われています。何より北翔さんの歌声がすばらしくて。……や、まだ私の手元にCDはないんですが。
 
いろいろ気持ちがさわがしくて、ゆっくりブログ書けなくて、でも、まあ、こういうことは一生に何度もあることではないので、もうちょっとの間、騒がしく過ごすことにします。
 
まだ迷ってる方がおられたら、ぜひ、「蘭」見てください〜!
 
 

舞台「蘭 緒方洪庵・浪華の事件帳」、いよいよ今日から、大阪松竹座にて公演が始まります!
初日初回と、続いての夜公演、見てきました。
というか、初日の、劇場前イベントから見ました。
公演も、初めは一回だけのつもりだったんですけど、もう一回見たい!と。
いやもうほんとにすばらしかった!!
今、帰宅して、勢いでブログ書いてますので、興奮のあまりおかしなこと書かないか自分で心配ですが。
笑って笑って何度も泣いて。
どの役者さんもすばらしくて。
「洪庵」シリーズを気に入ってくださってる読者さんには、ぜひぜひぜひぜひ見ていただきたいです!
章が、天游先生が、おさだ先生が、耕介が、思々斎塾が、いきいきとそこにあります。
本屋が、瓦版屋が、北前船船頭が、けなげな町娘が、同心に手先に侍たちが、にぎやかにそこにいます。
そして。
これも、すごく言いたい。
すみません。
デビュー作から書いてきたんで、思い入れ大きくてすみません。
でも。
私の作品にあれこれと顔を出す〈在天別流〉という存在が、好きだなと思ってくださってる方がいらしたら。
この舞台、ぜひ、見ていただきたいです。
在天……って言葉を聞いて、その、とあるシーンで、ほんとに泣けてしまって。
「在天」という名を、誇りを持ってたからかに名乗ることがあったら、左近や若狭はこんな顔をするんだなと。
泣けました。
舞台「蘭 緒方洪庵・浪華の事件帳」。
一人でも多くの方に見ていただけますように!
 
 

舞台「蘭 緒方洪庵・浪華の事件帳」の、お稽古を見学させていただきました。
都内某所にて、運良く(というか、松竹の方がそういう日を指定してくださったと思います)、キャストさん全員集合の日でして、通し稽古を拝見しました。
 
章を、左近を、天游先生を、お定先生を、若狭を、耕介を、あの役者さんたちが演じておられて、舞台の上に、思々斎塾があって、高麗屋がある。感無量、でした。でも、まだ本番ではなく、お稽古場。本番への期待が、さらに高まりました。
 
もしかして、本番まで、ネタバレ回避で役者さんの取材記事やTwitter、ブログなども避けている、という方いらしたら、この先、少しばかりのネタバレになるかもなので、避けていただければと思うのですが。
 
よろしいでしょうか?
 
たくさん笑って、ほろりとして、にぎやかで楽しい舞台――になると思います。これからさらにブラッシュアップされていくと思うので、「なると思います」なのですが。私が見た段階でもすでに、笑って泣いて盛り上がって!という感じでした! 
 
あと、私の時代劇好きの原点はアクション、殺陣、チャンバラといった要素なのですが、その点も、期待以上です。左近は左近らしいし、若狭は若狭らしいし、めちゃくちゃかっこいい!……各種記事のなかで、この舞台、「笑いと人情!」って強調されることが多いような気がするんですが、もちろんそこはたっぷり見せ場だと思うしめちゃくちゃ笑ったし何度も涙ぐみましたけど、でも、アクションもめっちゃあります! そこを言いたい! なんといっても、強く戦えなきゃ在天別流じゃない!
 
あ、在天以外の方も殺陣ありまして、そちらも、また個性的ですごくかっこいいんですが、ストーリーに関わるんで、内緒です。左近と若狭は、殺陣がないわけはないので、そこはストーリーバレにはならないですよね。
 
完成品のお芝居のなかで殺陣を見るときは、たいてい、斬る側、やっつける側に感情移入していますから、やられる側は意識が向かなかったりするのですが、お稽古場では、やられる方ひとりひとりの動き、息づかいなんかが本当に激しくて、殺陣というのはこうやって完成されていくものなんだなと。斬って、斬られて、そして、互いに絶対に怪我のないように。その張り詰めた感じ。プロデューサーさんが、「殺陣に怪我はつきもの、なんていうひともいますが、そんなことは絶対にありません。怪我をしちゃいけない」と強く言われていたのが、とても印象的でした。本番でストーリーを中心に見ているときには感じずに通り過ぎるもの。貴重な体験でした。
 
基本、どのキャラも、熱いです。すごく熱い。「後の洪庵」とカッコ書きがつくにふさわしい、学問一途な章に、「これぞ大坂の夫婦」な師匠夫婦と塾の面々はもちろん、悪徳商人や、悪徳じゃない商人や、役人や手先さん、恋する若者も。なんていうか、いい意味で(いい意味で、です!)、ムダに活気のあるのが大坂人なんだ!、という空気が、すごく出ていると思います。そういう大坂が、私は好きです。学者でも商人でも観光案内人でも、めっちゃやる気あんでー、という感じ。
 
オープニング、エンディングも熱いです。
それに関連して、かな、個人的に、そんなこと予想もしてなかったけどすごくうれしい!ということが。これは、左近役が北翔海莉さんだったから実現したこと、といえるんじゃないかな。初日が来たらわかるのか、その前にわかるのか、どっちだろう。とにかく、楽しみです!
 
キャストさんのブログですでに公表されてますが、「客席降り」もありまして(公表済みなんで、ここにも書きますが、饅頭屋さんと瓦版屋さんです)。そのへんも、凝ってます。一足先に、お客さんの気持ちを味わわせていただきました。ちょっと、かなり、ドキドキしました。
 
あと、私が「稽古場見学」初体験だったがゆえの「面白かったこと」なんですが。
 
舞台が、まわるんです。めずらしいことではないです。場面転換でまわるのは、まあ当たり前。でも、稽古場の床は、松竹座や新橋演舞場の舞台と違って、まわらない。だから、「まわったつもり」で芝居が続きます。つまり、今まで正面だと思っていたところが、「舞台がまわった」あとには、裏側になります。裏側だったところに、芝居の中心が移ります。なので、演出家さんとか映像記録係さんとか、稽古を見ている側が、舞台のかわりにまわるんです。スタジオの壁にそってまわりながら見学をしなければ、芝居がいきなり、セットの裏側に行っちゃったりする。なので、今回の私の場合、演出の錦織さんが、「次、右に動いてください」「今度は正面戻ります」等々、次の動きを先導してくださいまして、ついて歩きながら拝見しました。そういうふうに稽古されるんだ、ってことが、素人には、とっても、おもしろかったです。……錦織さんには、本当に丁寧にご説明いただきまして、ありがとうございました。
 
そのほか、いろいろまだまだ語りたいのですが、まだお稽古段階ですから。このくらいにしておきます。実は、当日、現場では、なんだかぼーっとしていて、プロデューサーさんにも演出家さんにもキャストさんにも、ちゃんと感想を言えなかった気がしています。自分のなかで消化するのが大変でした。ひとつには、自分の作品がお芝居になっているということ。もうひとつは、まだ完成品ではない、これから作られていく途中の芝居というものを見た、ということ。その二つの衝撃が大きすぎました。数日が過ぎて、ようやく落ち着いて、「さあ、本番楽しみ!」という気持ちに、改めて、なっています。
 
本番見たら、きっと、また語ります。ちょっとまた、すぐには書けないかもですが。……でも、初日が過ぎても、ネタバレ語りはできないですよね。このブログ見てくださってる方のなかには、千秋楽が自分の初日、という方もいらっしゃるでしょうし。ドラマのときは、放映終わればネタバレおっけー、という感じでしたが、舞台むずかしいな。
 
あ、最後にこれだけ。本番じゃなくて、稽古場ならではのこと。役者のみなさまのお稽古着が、それぞれに個性的で、粋で、素敵でした。着こなし方も。裾捌きひとつにときめきを感じられるのが、時代劇の醍醐味ですね。
 
先のブログにも書きましたが、お稽古を見た翌日、駒込の高林寺にある洪庵先生のお墓をお参りしまして。そのまま、ぶらぶら30分ほど歩いて東京国立博物館に行ったのですが。
 
途中、スカイツリーが見えるんです。
 
天游先生の時代の蘭学者は、医学に限らず、科学技術全般を、オランダから取り入れようと必死になっていて、そういう積み重ねが近代日本を支えて、そして、今はあんな大きなものまで作っちゃうんだな日本人……と、前の日に見た天游お定夫婦の熱い姿を思いだしつつ、なんか、感動しました。科学技術ってすごい。
 
 


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